兄弟が親に怒られている時わたしはその状況が嫌で泣いた。
十数年前の幼少期の話である。わたしがリビングに行ったら姉が父に怒鳴られているのを見た。その状況を見た瞬間わたしは即座に「嫌だ」と思った。何が嫌だと思ったのか。兄弟が親に何も言い返せずにずっと怒られ続けている。なんで怒られているのかは正直どうでも良かった。疑問自体はあったがそれよりもただ怒られていると言う状況のほうが気になった。何も言い返さない、言い換えしたとしてもすぐに否定され、想いが感情がどんどん抑圧される。つらい状況だ。わたしはその状況を見てふとモヤモヤするものを当時の自分は感じた。自分自身が抑圧されるなのは嫌だと思った。
だからわたしは泣いた。親の気を逸らすために。親の気を逸らすことで親の感情の行先が姉から自分に移ると考えたのだ。結果は思惑通りだった。父は「なんでお前が泣くねん。優しい翔に免じて今回は許したろ」ということでその場は収まった。その後も兄弟が父に怒られることは何度もあった。わたしはしばらくの間その度にわたしが泣いてその場を収めると言う手段を用いた。しかし、何度繰り返しても親は怒らないという選択肢を取ることがなかったためわたしも次第に諦め、いつしかその手段は取らなくなり兄弟が怒られていてもその状況に対してわたしがなにか行動をするというようなことはなくなった。
このエピソードにおいてわたしの行動の流れの裏には感情や思いの変化がある。それは単に抑圧されたというだけの話ではない。最初の変化は父の「なんでお前が泣くねん。優しい翔に免じて今回は許したろ」と言われたときである。わたしは抑圧されている様子が嫌でそれを回避するために泣いたわけだが、父は「優しい」と言った。わたしはこの行動に内心不安でもあったから、その不安を覆い隠すようにわたしは「自分は優しいからあの行動をとったんだ」と自身の行動に対する意味付けをした。それ以来、兄弟が親に怒られるときは同じ手段を用いた。その度にこの意味付けは強化されいつしかわたしは自分は優しいのだと思い込むようになった。しかし、いつの間にか「優しい」と言ってくれることはなくなった。それからこの行動を取ることはなくなったが自分は優しいのだと信じることはやめなかった。
このエピソードからわたしは1つの教訓を得た。それは自分の恐怖や不安感を隠すために他者から与えられた価値を用いない。仮に用いたとしてもその価値を満たすために生きないということだ。
わたしは父から「優しい」という言葉をかけられることによってモヤモヤという曖昧な感情に従って行動したのではなく優しいからこの行動を取ったのだと行動への意味付けをすり替えた。なぜすり替えたのかは今振り返ればある程度は想像できる。子どもは自分の身を守る手段が今属している集団に守ってもらうことしか手段が思いつかない。(今回であれば家族であり実父。しかし、里親や育て親、全くの他人というケースもある。)わたしは父がこの家族で一番偉いということがなんとなく分かっていたので実父に逆らえば自分の居場所がなくなると思い込んでいた。だから、父に認めてもらいこの集団で生きることの出来るメリットがどちらの意味づけにあるのか天秤にかけた。「恐怖心があってあの行動をとったいう意味付け」と「自分は優しいからあの行動をとったという意味付け」結果、後者の意味付けを取ることにしたのだ。しかし、今では思う。その行為に意味はなかったということを。わたしはあの頃、家族以外に自分を守ってくれる集団があることを知らなかったし知ろうともしなかった。今ある家族という集団を離れた時点で自分は存在価値を失い死ぬと思っていた。あの時、わたしの存在価値は家族に所属することで得られるものだったのだ。
あの頃の自分には分からなかったが今では父がただ怒鳴っていたのではなく父なりにわたし達のことを想って怒っていたのだと分かっている。つまり愛情だ。だからわたしが父から与えられた「優しい」と言う価値を受け入れなかったとしてもわたしが家族から除外されるということはなかっただろう。
また、優しいという価値は人から与えられた価値言い換えれば評価である。自分自身で生きていける自信が無いゆえに他者から与えられた価値に縋り自分で自分を満たす能力を身に着けなかったのだろう。

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